Uターン転職、理由なんて後付けさ|田舎の両親に迫る危機とは?

岡山を代表する城と庭園 Uターン転職

2004年にいわゆるUターン転職を経験しています。

東京から地元の岡山に、もうすぐ30歳になるタイミングで帰ってきたのです。

世間では無名のとある上場企業(メーカー)に所属し、大阪や東京で勤務していた頃の出来事です。

 

神高
神高

ぼくがUターン転職した理由は「後付け」でした

Uターン転職、理由なんて後付けさ|田舎の両親に迫る危機とは?

2003年秋のことです。

出張先のぼくの携帯電話に、珍しく父親から連絡が入りました。

あまり良い話ではないな。そんな察しはつきます。

「母親の体調がすぐれない。一度退院できたものの、しばらくは日々の生活でも気を付けなくてはいけない。当然、車の運転もできないし、何かと不安だ」

地方都市で自動車を運転できない、ということは、自由に外出できないことを意味します。

父親にも仕事がありましたから、大きく生活スタイルを変える必要が生じる事態であることはすぐに理解できました。

すぐに岡山に帰った方が良いのだろうか。

ぼくがUターン転職した本当の理由|家族の危機、だけじゃない

 

神高
神高

……なんて、シリアスな状況は長く続きませんでした。

というのも、母親の病状は覚悟していたよりもずいぶんと軽く、すぐに元の生活に戻れることが分かったからです。

現代の医学の進歩は大したもので、血液の病気といえども、病状にズバリ、ピンポイントで効く薬が開発されている、とあとから聞きました。

実際、何回目かの検診の時、お医者さんに「で、お酒はいつから飲めますか?」と二人から聞いたくらいだそうですから、両親ともほどなく病気の回復を実感していたのです。

ただ、この経験がぼくの背中を押すきっかけになりました。

地元へのUターン転職を真剣に考えるようになったのです。

ただ、本当の退職の理由は別のところにありました。

転職の理由は人それぞれ|何かを「選ぶ」ことと「諦める」こと

犬とヒマワリでハッピー

この母親の病気の件が両親と離れて暮らすことのリスク、難しさを感じるきっかけになったことは確かです。

ただ、実際は、ほぼ同じタイミングで所属していた事業部ごと別の会社に吸収合併されることが決まったこと、それが決心を固める大きな理由でした。

吸収される側の企業や部門は、理不尽にリストラされたり、部署が統合されたりするからです。そんな事情にエネルギーを消耗したくない。

ここに長く居るべきではないな、そう考えました。

とはいえ、上司に対する「退職の理由」には、『家族の事情」を使わせてもらいました。

母親の思ったより病気が軽かったことなど、すべてを正直に言う必要もありません。母親がしばらく入院していたのは本当のことです。

もちろん、選択肢の中から最善だと思って選んだ会社を去るわけですから、不安はありました。

インターネットが普及しつつあると言っても、いまとは情報量が違いますからね。

今の20代の人には想像がつかないかも知れませんが、2004年はまだ「スマホのない」時代。

ようやく今風のブラウザが使えるようになった iPhone 3G でさえ、登場は4年後の2008年です。

まとめ:奥さん(パートナー)の実家に近いところに住む人たち

ぼくの場合は、母親の病気の連絡をきっかけに地元への転職を考えるようになりました。

まわりでUターン転職をした人を観察してみると、理由は人それぞれです。

自分はまだ若く独身でしたから、理由は両親との関係でしたが、ある程度の年齢で家族のいる転職者は大抵、奥さん(パートナー)の意向が大きいように感じます。

端的に言えば、「奥さんの実家に近い」エリアに住むことを選んでいるんですね。

その意味では、順番は逆ですけど、我が家も結果的にそうなっています。

ぼく、家内ともお互いの両親のもとに車で数十分のところに住んでいますから。

子育てするにしても、両親との関係のうえでも、悪くない距離感だと思います。

初めから地元で就職した人には、特に珍しいケースではないのでしょうが、結局、遠回りしてそこに行き着きました。

確かに年収は落ちました。

落ちましたけど、後悔はありません

親と子、自分やパートナーを含む親子三世代が協力し、一人でも働き手を増やす、という方針を続けられるようになりましたからね。

 

神高
神高

20年後、自分の子供が近くに住み、子供の面倒をみて欲しい、と頼んできたら喜んで受け入れるつもりです。

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