こんにちは。貿易実務に関わって20年超の神高(かんだか)です。
ぼくは、ある種の産業用機械を海外に販売する立場として、日常的に輸出貿易管理令を意識しています。
したがって、スプレードライヤー(噴霧乾燥機)の生物兵器への転用の疑いで逮捕・起訴され、その後に起訴が取り消された「大川原化工機えん罪事件」がどのような判例に落ち着くのかに強い関心があります。
報道を眺めるだけの「社会問題」ではなく、個人的にも毎日の業務に直結するテーマだからです。
2025年5月28日(水)の最高裁の判決に注目しています。
おそらく、最高裁まで争われるとは思いますが・・・。
2025年8月9日追記:
最高裁まで争われることなく、事件の収束を図ろうという動きになってきました。
毎日新聞の2025年8月7日付記事から:
「担当事件で成果を上げる」と前のめりになっていた宮園勇人係長と、外事1課ナンバー2の渡辺誠管理官が現場の捜査指揮を執った。渡辺管理官は巡査部長時代から通算11年、宮園係長は同じく通算8年ほど外事1課の勤務経験があり、不正輸出事件の「エキスパート」とされた。
後述しますが、「エキスパート」が、リスト規制とキャッチオール規制の趣旨の違いすら理解していない、かのような動きをするものか。
貿易の実務に関わるものとして、本当に腑に落ちないのです。
事件概要と資料を読んだ印象|大川原化工機えん罪事件に思う:貿易実務の視点でみた輸出貿易管理の不透明さと「確認」制度の必要性
弁護団が公開している判決文や関連資料を読みました。
資料一式: https://www.call4.jp/search.php?type=material&run=true&items_id_PAL[]=match+comp&items_id=I0000084
地裁の判決:https://www.call4.jp/file/pdf/202312/8cde201251928d979781d249b993a19f.pdf
重要証言の一つ:https://chatgpt.com/c/681613f4-d544-8006-a6d9-095a77106fae?model=gpt-4o
法律用語、専門用語が並び、完全に理解できたわけではありませんが、弁護士の方の解説や報道などと併せて、
- 逮捕・勾留
- 二度の起訴
- 検察による公訴取消
- 地裁による国家賠償判決
- 控訴~高裁の判決
という流れは把握できました。
日々、輸出に関わる実務者として、いくつかの場面で違和感や疑問を覚えたので、整理してみます。
事件の展開につき、実務者として違和感を覚えたポイント・疑問
疑問①:検察がリスト規制で有罪立証を目指したのはなぜ?
輸出貿易管理令には、「リスト規制」と「キャッチオール規制」があります。
経済産業省のフロー:https://www.meti.go.jp/policy/anpo/kanri/catch-all/frouzu.pdf
キャッチオールはエンドユーザーや用途を調べる規制で、軍事転用の恐れが高い(原則、大量破壊兵器)場合に許可が必要になります。
対して、リスト規制は武器そのもの(1項)、あるいは製品の技術スペックで線引きをします。
メーカーや商社にお勤めであれば、自身が扱っている分野のリスト規制(別表1、通称マトリクス)を眺めてみれば、すぐにわかります。
経済産業省:https://www.meti.go.jp/policy/anpo/matrix_intro.html
基本的に、「普通」ではないスペックだらけ、だということが。
リストに並ぶ材質は(おそらく)民生品とは違いますし、強度や耐用年数も違う。
検査項目なども全然「民生品」のレベルではない。
おそらく、実際の取引では、スペアパーツも別次元でしょう。
デュアルユース(軍民両用)、なんて考え方もありますが、リスト規制のマトリクス表は、明らかに高度なスペックが並んでいます。
(いや、ぼくは噴霧乾燥器のことは詳しく知らないので、違うかも知れない。でも、たぶん、その仕事に携わる人なら、差は一目瞭然のはず、なんだよなぁ・・・)
例えるなら、地上波テレビ局のカメラと運動会のお父さんのビデオカメラくらいは違う。
噴霧乾燥器のような専門機械では、どんな小さなメーカーだって、いや、数人の町工場のレベルであっても、エンジニアのほうが誰よりも仕様(何ができて、何ができないのか)に詳しくて当然です。
専門書を何冊読もうが、大学教授などの専門家に聞こうが、顧客や競合先にもまれながら、長年培ってきた知識、経験の差はそうそう埋められないでしょう。
それが、あらゆる職業人に対する敬意でもあります。
それなのに、検察がなぜ高度に技術的なリスト規制で有罪を見込めたのかは、大きな疑問です。
もし仮に、本件がキャッチオール規制を根拠に「実は、エンドユーザーが海外の軍事研究施設だった」というニュースであったのなら、まあそういうこともあるか、相手もあることだし、と理解しやすいのですが、どうもそういうことではないらしい。
検察側は、「滅菌」「殺菌(消毒、と訳されるべきだった箇所)」を適用できるかにこだわり、数か月にわたる拘留中も、それを裏付ける方向の証拠だけを専門家や関係省庁から集めようとしていたようなのです。
疑問②:エンドユーザーと用途の確認がどこまで行われたのか
輸出貿易管理令の目的は、武器や軍事転用品の流出を防ぐことです。
いわゆる安全保障。
となれば、輸出書類や現地商社、買主との契約書、操作マニュアルなどを確認すれば、装置が民生用かどうかは、それなりに判断できるはず。
以前、三次元測定機のスペック(性能)を偽装し、実際に外為法違反となった事件がありました。
大河原化工機に、そういった偽装の兆候や証拠があったのかどうか。
公開資料を見るかぎり、エンドユーザーや用途が軍事的であったことを調べたり、掘り下げている様子はない。
(ウィキペディアによると、中国向けはドイツ BASF の関連会社、韓国向けは LG の関連会社に輸出していた、とのこと)
しかし、船積書類や契約書、客先が作った見積用の仕様書などの一次情報を読み解けば、かなりのことがわかるはずなのです。
この点の調査が、どこまで行われたのか。
原則、弁論主義とはいえ、そうそう告発する側に有利な、都合の良い資料ばかり集まるわけがありません。
検察側が捨て続けていた大量の証拠の方に、無罪の端緒が多数、含まれていたのではないか。
日本のビジネス現場への影響
この事件は、日本の輸出産業全体への影響も無視できません。
もし今後、同種の案件で「民生品でも、突然、リスト規制違反で逮捕」という事態があり得るとなれば、輸出業務に携わる企業や担当者は、大きな不安を抱えながら仕事を続けることになります。
しかも、その後、国家賠償法に基づく裁判に勝てたとしても、1億円もらおうが2億円もらおうが、それではとても見合わない。
なぜなら、拘束期間中に顧客を競合に奪われ、市場シェアの回復は容易でないからです。
輸出している製品、ということは、競合が世界中にいる、ということ。
少しでもスキがあれば、日本の競合他社のみならず、地元のメーカーや日本以外のメーカーが代替品を納入してきます。
日本の将来を考えれば、そんな展開を、許してはいけないですよね。
一部の人間の手柄のために、経済活動が萎縮するようなことがあってはならないでしょう。
あらためていいますが、本件はキャッチオール規制とリスト規制の趣旨の理解すら、怪しいと言わざるをえない流れです。
これでは、海外の仕事に関わる実務者は、怖くて動けないでしょう。
まとめと提言|確認制度をつくれないか
ここまでの内容をまとめておきます。
政治的な思想とか報道とか、そんなことは抜きにして、今回の件について、大河原化工機が受けた仕打ちが、本当に気の毒でなりません。
それは、大河原化工機がいわゆる「中小企業」だからです。
もし、相手が財閥系の重工業、あるいは総合商社ならば、このような事件は最初から起きなかった、かも知れない。
なぜ、狙い撃ちにされた、ように見えるのか。
・・・
会社員の立場上、ときに若手に貿易実務を手ほどきすることがあります。
その際、貿易実務の基礎、書類関係、英文での客先とのやり取りなどは、OJT でも身に付きやすいのですが、この外国為替法に基づく輸出貿易管理令は本当に複雑で難しいのが実情です。
だから、経済産業省の許可が要らない場合、行政行為でいうところの「確認」制度をつくってもらえないものか。
イメージとしては、建築確認みたいなものです。
申請者が虚偽の情報などを伝えていた場合への対処なども考えて、「許可」や「認可」ではなく、確認での提案です。
というのも、輸出貿易管理令において、経済産業省の「許可」が必要なケースは比較的明確ですが、「許可が不要」とされるケースについては、企業側の自己判断に委ねられており、極めて不透明だからです。
輸出に関わる実務者として、ここに大きな制度的リスクを感じています。
とくに、本件のようなリスト規制においては、装置の仕様が高度に専門的であり、メーカー自身が該否判定を行っても、後に捜査当局の見解と食い違えば、企業活動そのものが脅かされかねません。
しかも、外為法違反の罰則は、とてつもなく厳しく、10年以下の懲役または10億円以下の罰金(法人)、3000万円以下の罰金(個人)が科されることがあります。
事業自体の存続にさえ、影響を与えるかも知れない。
また、違反の内容によって、対外取引の禁止や役員就任の禁止といった行政制裁までありえる。
見解の相違が生まれる状況としては、「接待の二次会の領収書が交際費となるか損金不算入か」と似ていますが、10年以下の懲役または10億円以下の罰金(法人)、なんてことはないわけで、あまりにリスクが大きい。
そこで、行政法(といわれるところ)の「確認」制度ー行政庁が一定の事実を客観的に認定する行為─を輸出管理の現場にも導入すべきではないか、と考えたわけです。
具体的には、企業が装置の仕様や用途を示した上で、経産省が「本件はリスト非該当」と明示的に確認する仕組みを設けることにより、後の捜査リスクを抑制し、企業の経済活動での萎縮を防げます。
もちろん、キャッチオール規制も、この制度に可能なら含めてしまえば良いですが、こちらは外部での判定が難しそう(特にエンドユーザーが外国企業)ですから、現状の運用でも仕方ないでしょう。
なんでもオープンにすればよい、というたぐいのルールではありませんから。
ということで、これは、日本の輸出振興の観点からも、有益な制度設計ではないか、と。
もちろん、「確認」を求めてきた案件だけどはいえ、経済産業省の仕事量と責任は増えてしまいます。
とはいえ、今回のようなえん罪事件を避けるのに貢献する仕組みになりえるのではないか。


